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ちょっとした使命感から・・・新カテゴリー「ブロレク」発生!!

Category : ブログレクチャー
何となく、使命感から、このブログ内で遥道会の基本概念を説明していこうと思います。

何となくにしては大きな挑戦ですが、いよいよ口伝中心だった遥道会のロジックも形に残る物に出来ればと思った迄ですが、当然、遥道会がなんだか解らない方々にも、多少なりともその意味に触れて頂けるのもいいかなと・・。

新カテゴリー「ブロレク」=ブログレクチャーの意味ですが。。軽い感じで発生してます。

さて、その基本中の基本概念をご紹介。


「原理の対化」


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遥道会では、我々の宇宙を支える力は、二つの力のバランスから成り立っていると考えている。
この二つの力は、全く同質なモノではあるが、唯一、その方向だけが真逆に働いている。
その力が、お互いに働き合い、打ち消しあっている為に我々には認識する事が出来ないが、その力の投影が、事象世界を成り立たせている為、事物は全て、この二つの力が内在されている。
およそ存在とよべる全てのものは、この力の共振作用によって成り立っていると考えられ、それを男性原理/女性原理と比喩する事もあるが、遥道会では、それを単純に「見えるもの/見えないもの」としてロジックを組み上げていく。
見えるのもの代表は「物質」であり、見えないもの代表を「意識」としている。
つまり、ある物をこちら側から見れば、物質として認識出来るが、方やあちら側から見れば、意識として認識出来る様な構造で、その二つの力の拮抗が事象が成り立たせている。
この事象を成り立たせる「見えるもの」と「見えないもの」の共振作用を明らかにしていく事が、我々の宇宙をの仕組みを理解する重要な手がかりになるはずなのだ。

<レクチャー資料より>



これは、陰/陽のバランスや男性原理/女性原理などと同じ概念です。
イザナギ、イザナミ。アダムとエヴァ。イシスとオシリス。中国の女媧と伏羲(じょか/ふっき・ふくぎ)。ヒンドゥーのナーガとナーギ。カタカムナでいうカムナとアマナなどと同じ概念にもなります。

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各神話などには、この二つの力に関する逸話が多く有りますが、そもそも古代の人々はこの力関係を尊いものとしています。つまり、事象の背後にあるそもそもの力に鋭敏であった証拠だと思われます。

この二つの力を如何に一つに束ねる事が出来るのか?
yogaの語源もその発想ですが、それはヨガに限らず、哲学では主客問題として、科学ではミクロとマクロとして、またイデオロギーでは自由と平等として、又はブルジョワジーとプロレタリアートなどに置き換わり、現在でも真剣に研究されている概念と同じです。

更に遥道会では、この力は6つの結び目で一つに束ねられていると考えています。
すると、7つの「節」が発生しますが、その結び目で現れる7つの節をゲージ理論の言う「対称性群」に対応し、それが展開する高次元の幾何学構造を物質の成り立ちや、人間の意思構造のフレームとして置き換え、整合性を取っています。
それは、意識の様々な働きを空間構造に見立ててカタチにしたとき、そのカタチがゲージ論の記述する素粒子の幾何学的な性質と極めて良く似た様相を見せるからです。

この構造には明らかの法則があり、簡素きわまりない発展秩序が、明確な一つの意思を伝えるかの如く、美しさを伴って発展していきます。

一つ一つの結び目をほどきながら、二つの力を理解する行程は、「7つのタマ」を手に入れる作業です。
まるで、「ドラゴンボール」の悟空ですが、このタマは「玉」でもあり「魂」でもあり「言霊/ことたま」の「霊」でもあります。

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出雲大社のしめ縄も、巨大な7つの節目を造っています。
そして、3つの「紙垂(しで)」。

我々の身近で例えれば、「7つのチャクラ」と「3つのバンダ(節)」と全く同じになります。
それは、我々の身体構造も、この「原理の対化」構造から成り立っているからに他なりません。
上の画像に有る、女媧と伏羲やナーガ&ナーギの結節も全く同じである事が、注目に値します。

さらに、「プタハの結び目」です。
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古くはフリーメイソンの信仰の対象ともなっていた。「プタハ神」。
宇宙を設計したと言われているエジプトの建築の神ですが、その象徴がこのマークです。
二つのロープを6つの結び目が一つに束ねています。

あげれば切りがない程のこの意味は?
ゲージ論の言う「6つのホロノミー構造」を素人の我々が、皮膚感覚を伴う臨場感と共にこれを理解し、「7つのタマ」を手にするとき我々は、次の時代を生きる、「ニューブリード」として、ニーチェの言う「超人」になれるのかも知れません。
信仰としての「ニルバーナ」や「悟り」も良いかも知れませんが、遥道会は宗教を必要とせず、信じる気持ちや厳しい戒律も必要としないで、現在の知識を俯瞰しながら、「気付きたい」と思います。
気付く以前の自分と、気付いてからの自分の「差」を取り払う。
遥道会ではこれを「差、取り。」=「悟り」と定義しています。

頭がいい人だけが手に入れる物ではなく、一部のお金持ちや特別な背景や人脈に頼らずに、「軒下」で覚醒する事の大切さを訴えています。

この「ブロレク」で、この方法を少しでも伝えてみようと思っています。
・・・どこ迄やれるか?
次回をお楽しみに!!








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