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『information』から『 intelligence 』へ

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ロジッククラスでのフォローとして・・。

これからお伝えする内容は、今後のロジックとの関わりを深めていく為にも、僕としては大変重要だと感じている部分です。
しかし、この内容も一般には誤解されている事なので、一度、概念として整理しておくべき内容で、何処かの段階でお伝えしなくてはと・・常々思っていはいました。

まずは、今回のテーマについて、最も基本となる概念ですが・・それは、「我々を日々作っているものは、自分の思考である」という事実です。
我々は自分の信じている事を体験しています。
逆に言えば、信じている事以外を体験する事は出来ません。
また何を信じようが本人の勝手ですが、信じていることは、体験しなければならなくなります。
日常全てに意識は反映され、それを自分自身が受け取っている事実。。この構造を理解出来るか、出来ないか・・?
ここに日常を満足あるもに出来るか。。不平不満で途方に暮れるかの、大きな分水嶺が存在します。

今回はこれが正しいか、間違っているかを検証する事が目的ではありません。
もし、そうだとすれば、その為には何が重要なのをお伝えしたいと思います。

我々が、日々自分の思考を体験しているのであれば、その思考を司るその根本とは何なのか?
ここを理解出来れば、何らかの糸口が見出せます。
しかしこれは、それ程難し事ではありません。
一般にも広く知られている事実です。

結論から言えば、我々の思考は、日々触れている「情報」の積み重ねで成り立っています。
しかし、ここ迄多くの情報が乱立し、その渦中に巻き込まれる生活を人間は想定していませんでした。
簡単に言えば、扱いきれない情報があまりに多く、我々にはキャパオーバーに成っています。
その為、この情報過多の日常であって、人間は情報を遮断し始めています。
つまり、情報を入れない・・。
一昔前では考えられない選択肢です。
ついこの間までは、情報こそ全てでした。
坂本龍馬や勝海舟、伊能忠敬・・多くの幕末のカリスマは日本以外の情報を手に出来たので活躍できました。
近年でも、有名なプロデューサーと言われる人達は、いち早く海外の情報を手に入れて、ビジネスに反映していました。
学問の分野でも、医療の分野でも、情報の先取りこそもっとも多くの結果を導きました。

しかし、現代では情報はただで幾らでも手に入ります。
ネットを介しサーバーに接続出来れば、どんな情報も無料で引き出せます。
情報に莫大な資金と苦労を伴っていた時代は、とうに終わっています。
しかし、我々のゲシュタルトは依然、情報を貴重なものとして重要視しています。
情報が手軽に入手出来るため、多くの人はスマホから手が離せないでいます。

ここで、Primal Rayでは、この情報を定義し直しています。

ここで言う「情報」を「information」と呼びます。
informationとは、とりあえず情報です。
目の前を大量に流れている情報群は、使えるものもあれば、誤解や誤謬に歪曲されたものもあります。
デマや意図的に流されるプロパガンダも存在します。
もし、そんなものが、我々の思考を作り上げ、それを我々は体験しているとするならば、大変な事です。
幸せになど、成れるはずが無い。
つまりinformationはを採用する事は、勇み足であり、間違いを犯し易いと知る必要があります。

では、informationに依らないで、いかに思考を構築すべきか?
実はここに、我々の「physical」・・つまり「身体」が大きく関係します。
簡単に言えば、身体で体験出来るか・・出来ないか?です。
自分が体験出来ない情報は『information』に過ぎません。
むしろ、その『information』を体験する為に、何らかの行動や行為が発動していくならば、それは、『information』を超越していいきます。
Primal Rayでは、これを『 intelligence 』と定義しています。
つまり、「information」と実際に使える段階に高めてこそ「intelligence」であり、これこそ体験に値する我々の思考であるべきなのです。

しかし、現代では、体験を出来ないinformationレベルの情報に振り回されている人達が何と多い事か。。

僕が身近にあるヨーガの世界では、ポーズ(アサナ)をする事をヨーガと呼び、途方も無い時間を身体修行に注ぎ込みます。
しかし、それはinformationを intelligenceに進化させる為にも、大切ではありますが、これを必要としない人達には、ヨーガは「体操」に成り果てました。
ヨーガは5000年の歴史があります。
ハタヨーガ(アサナを行うスタイル)での軽く500年は過ぎました。
僕が知る限り、ここ迄続いているワークアウトは存在していません。
記憶に新しいところでは、「ビリー・ザ・ブートキャンプ」は大ヒットしました。
DVDは25万枚売れた、恐ろしヒット商品です。
・・・でも、今、皆さんの周りで「ビリー」を行っている人は、何人いるでしょうか?
多分、ほとんど居ないと思います。
DVDもなく、そのほとんどを口伝や書物でしか伝えれなかったヨーガこれほど多くの人や時代に受け入れられて来たのは、ワークアウトではなく、それを包括するもっと大きな効果があったからです。

その効果こそ、意識を体験し易くなるからです。
では、現代のヨギはどんな意識を体験し易いのか・・。
さぞや崇高なる意識を体験出来るのか・・?といえば、彼らは相変わらず、「information」を重要視しています。
ヨーガスートラ、ウパニシャッド。手軽に手に入る「information」をインプットしては、それを体験出来ないまま、自己顕示としての道具に使っています。

スピリチュアルな方向は、この傾向が著しい。
俗に言われる「見える人」の意見を、「information」として採用しては、それを体験してしまう。
その体験は、あくまで「information」の段階なので、その瞬間、上手くいったかの様に思えても、効果はないため、持続はしません。
スピリチュアルな力は 「intelligence」な段階に高められた段階で、その人の能力に成る為、当たり前な技術に成ります。
昔は足の速い人は「韋駄天」」という仙人的な扱いをされていました。
その現象は、分析され再現可能な技術に落とし込まれ、トレーニングという「 intelligence」に成っています。
今、ウサイン・ボルト選手を見て「韋駄天だ!」と不思議がる人はいません。
既に速く走る為の「information」は「intelligence」に昇華しているのです。


その為、情報は身体を持って体験してこそ意味がある!
Primal Rayでは、使えない理論を唱えていく事はありません。
真我独存も梵我一如も、「intelligence」に成るべきなのです。

体験を伴わない情報を潔くディレートする勇気。
自分の頭で考えて行動する当たり前の意識。
「information」を「intelligence」に昇華する為には、意識を体験する身体を機能的にしておく習慣が何より大切です。
まずは、情報から一歩身を引きく事をしてみて下さい。
この思考を体験してみましょう。
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