重力の斥力 「愛の起源」

Category : 日々修行。。
二つの物体間で互いにしりぞけ合うように働く力。反発力。⇔引力。
この力を斥力と言います。
でも、重力だけが、この斥力が、未だに発見されていないらしいのです。

重力を知らない人間はいないと思います。でも、その存在が何なのかは、物理や科学の世界でも、未だによく解っていない・・・不思議な事です。

陽子も中性子もある、一つの概念であり、存在は認められているのに、物質ではありません。
大きさも、重さも、厚みも幅もない・・・。これが無数に集まって「物」を組み上げているのに、あるところから「重さ」が発生します。重力です。
でもそれには「斥力」は無く、ただ一方的な重さが関与して、物質を成り立たせています。

でもこの原因を、前回の高次元会議の際に、ある方の何気ない一言で気づいてしまったのです。
物を見る事が、重力の斥力かも。。。
波動関数的に量子は波でもあり、粒でもある。これを観察する事で、波としても粒としても、観測出来る。
現在の七不思議の一つ、量子の振る舞いです。
この観測者の関与が、物を成り立たせている。その斥力が「重力」だったんです。

この事に気づいた瞬間、60兆個の細胞が「コズミックダンス」を踊りだしました。物凄い感動だったんです。。。。。
物の本質を見抜けないままの観察は、重力に縛られている観測になっています。
物の質点から意味をとらえてみる事が出来れば、物の中心には、背中合わせの自・他が同居しています。
ψ5とψ6の意味の更に一歩踏み込んだ先には、物質を中で「最中合わせに成り立っている<自己>と<他者>に気付けるか?」が、大変大きな課題になります。

そんな曲が、この映画に登場します。『ヘドウィク&アングリィインチ』げきちゅうでの ライブシーン「愛の起源」です。




それは地球が平らだった頃の話
人々には
腕が2組
足が2組
大きな頭に顔が2つあった
ものを読みながら話すこともできた
けど愛のことなんて何も知らなかった
それはまだ愛が生まれる前のこと
愛の起源

人には3つ性があった
男と男が背中合わせの太陽の子
女と女が背中合わせの地球の子
そして太陽と地球 娘と息子の中間
それが月の子

そんな人々の力を恐れた神々は
人々を真っ二つに引き裂いた
そして私たちが払った代償を忘れないようにと
傷口を縫い合わせ
お腹のあたりで糸を結んだ
激しいハリケーンや雨風で
人々はバラバラに散りばめられた
もし教えを破れば
再び引き裂かれ
一本足で飛び跳ね
一つ目で見るハメに

最後に君を見たのは
互いが二つに切り裂かれた時
君は私を見てたね
私も君を見てたよ
見慣れた君の仕草
だけど私は気づかなかった
顔には血がついてたし
私の目にも血がにじんでいたから
でも誓って言える
君が感じた痛みは
私の痛みと同じだと
心の底まで
貫くその痛み
それが“愛”
だからふたりは堅く抱き合い
元に戻ろうとした
それがセックス
メイク・ラブ
昔々の冷たく暗い夜のこと
天の支配者によって
人は寂しい2本足の生き物に
それは悲しい物語
愛の起源の物語
愛の起源
こうして
愛はうまれたよ


この歌、「青い狐」に出てくる「ノンモ」のと言う人間の祖先と全く同じです。
斥力があるから、等化(三項流転)が起こる訳ですが・・・。我々にはその斥力がうまく発見できません。
重力しか知らない我々は、「反映」を利用できないままでいます。
三つめの性をなくした我々は、重力に縛られたかもしれません。
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Comment

せんせい、とうとうここまできちゃいましたね。こんな感性のある人が師で、嬉しいです。愛の起源。。。愛こそが全ての源でもあるべきなんですよね。あくまで、私の意見ですが。。。

kさんへ/seishinです。

こちらこそ。。嬉しいです。
これに、このようなコメントをKさんから頂けるとは、コチラも嬉しいです。
愛はψ7とψ8です。陽子と中性子の投影で、自他の前後を等化した部分におこる物です。
コチラから一方的に流れる物は「慈」アチラから一方的に流れれば「悲」ともに流れれば「喜」となり、これは等化に当たる為、中和が起こると「捨」となり、この四つを持って「愛」となります。重力の斥力です。
全ての起源に立ち戻る事が、合一かもしれません。。愛こそ、全て・・・同感です。
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