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□それでも、やらないよりは全然いい「瞑想」の実践

Category : 未分類
こんにちは・・ 
Seishinです。
先日「瞑想」に関して記事を書きました。
あの投稿では瞑想の伝わり難い部分を書いたつもりですが、ならば、瞑想はしない方がいいのか?・・となれば、しないよりした方がいいと言わざるを得ないです。
当然した方がいいに決まっていて、その仕方に誤解があるから気づいてね・・という内容です。
「違ってるならやらない方がいいでしょぉお?」
と、いう声が聞こえますが、その様がまさに「双対」なんで、いいんです。。そのままやってください^^;
そのやり方より、それによって起きた「あり方」に気づくだけです。
いやいや!!このやり方で間違いないし、これ以外は採用しない!!そんな方もいます。
これは瞑想を手段として観ていて、その結果は無視している人が殆ど。。大抵は、身体に故障を抱えます。
よくあるのが大腸ガンです。
・・・なんでか?よくわからないのですが、大腸ガンになりやすそうです。
ガンの仕組みに関しては、僕なりの理解で、その成り立ちを説明出来ますが、その機会はまた何れに譲るとして・・。
結論!サマーナを身につけたら、自然に目を閉じ(閉じなくてもいいですが・・)これでいいのかなー?的に、瞑想してみてください。
先ずは、ひと呼吸(2~3秒)で構いません。
ええええ???!
たったそんだけ?
はい。
物足りないなら、1分でも、5分でも、15分でも構わない。
その間、サマーナでいれるなら1時間でも、半日でも、好きなだけ・・許せるだけやればいい。
でも、やる事はいち手段でしかなくて、やった結果を自覚出来ないなら、長い時間の瞑想必要はありません。
「禅那(禅)」ではないからです。
「瞑想」とはディアーナです。
あくまでS1での事象に何らかの影響をしていなくては、座った意味がないですね。
であるなら・・・このやり方では違うんだ。。と心底理解するまで、そやり方でやればいい。。
その最後には、事象はその執着を手放せる意識を求めてきます。
だから・・結論!
アサナしかしないより禅那でも座禅でもやればいい!
無駄だと気づけば、やめればいい。
所詮、やり方です。
答えはそのやめることを出来た、自身の「あり方」に出会う為なんですから・・。
今回も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
次回の更新もよろしくお願いいたします。
HP primalray.jp
mail:info@primalray.jp

□「瞑想」について。

Category : 未分類
こんにちは・・ 
Seishinです。
先日”ミニマリスト”に関して記事を書きました。
あの感じが伝われば、今回の記事に関しても伝わるのでは?なかろーか?と・・。
瞑想は意識の断捨離。・・そんなお話です。
ここで前回の”ミニマリスト”の話が絡みます。
”ミニマリストは物が無いことではない。
一つの最高に至っただけです。”
もし瞑想がこれと同じなら・・。
”瞑想とは思考を止めることではありません。
思考に思考を重ねて、一つの意志にたどり着いた結果です。”
・・となります。
ここに誤解を与えてしまうから、ハタヨーガの実践はとても大切なんですね。。。ここに関して、後半に譲るとして。
瞑想というと、日本では「禅」という事になると思います。
日本仏教が中国に学び作り上げた技術です。
道元さんや栄西さんが有名ですが、そのゴールは「無」です。
かたや、釈迦が目指したゴールは「空」です。
「無」とは、ある物が無いだけで、Primal Rayでいう対化で言えば、「有」と「無」の関係の片側から、見ているだけで、立ち位置をかえただけなので解決していません。
それと「空」とは全く意味が違います。
「空」とは実数×0・・または虚数×0です。
小学生でもわかる答え・・答えは「0」です。
はい。この違い。。
「空」とは0
「無」とは実数(+)側から見た虚数(-)。
または虚数(-)から見た実数(+)で、有るか無いかの二項対立(対化)です。
現代のヨーガブームでは、アシュタンガヨーガをやり・・「禅」をして、すべてが分かり易い、やる為だけのやり方が重要になっています。
これは実数と虚数をいったりきたりしているだけで、延々の堂々巡りです。
Primal Rayでのヨーガとは、アサナは『サマーナ気』を利用する技術。
瞑想は『ウダーナ気』を利用する技術です。
体を通せばすぐにわかる。。
サマーナ気を扱うには、相対(対化の二乗)が必要で、その反映としてウダーナ気を扱えます。
ウダーナ気こそ、瞑想で扱えるべきものです。
これを簡単に説明するなら、瞑想する為には、サマーナを身につける必要がある。・・そのためには、激しい相対に取り組まなければならない・・。という事です。
神智学やシュターナーがいう「火の試練」ですね。
その向こうにウダーナが有ります。
アサナでサマーナに取り組めれば、反映のウダーナが身につきやすい。
これがヒントです。
なぜヨーガスートラの千年後のハタヨーガ・プラディービカー(ハタヨーガスートラ)が必要だったのか?
瞑想は「無」になることだ!という誤解の為ともいえる。
瞑想は「空」です。
でも、現代の我々と同じく、知識と理解が思考で納得できる範囲で取り組めば、「何もしない」ことこそ禅的ゴールになりますが、瞑想はウダーナ「空」がゴールなので、「散々やりまくる結果、一つの意志にたどり着く」状態を必要とします。
何も無く見えるのですが、「空」と「無」では全く結果が違います。
ラマナ・マハリシはここを見事に説明します。
「あるがままに」
これは何もしない事ではありません。
さんざん葛藤している様も「あるがまま」にしておく必要をいっています。
Primal Rayが説明する「等化」から「中和」です。
等化=サマーナ
中和=ウダーナ
散々アサナをして、散々「禅」もして、なんにもならないという実感がのこったなら、そのやり方では無理だと気づけるはずです。
これに気づいたのなら、それは最高のご褒美!
その人はそれを気づく為に、そのプロセスが必要だっただけです。
そこに引き入れたのがウダーナなのですが、その人達は、次の違うやり方・・または「師」を探して回ります。
そしてまた対化にもどり、同じ堂々巡りに入り込む。。六道輪廻です。
そうそう、六道輪廻の図は死後の世界を表現なんかしてません。
意識の有る人、生きてる人、魂のある人達の出口のない六段階の迷走ぶりを表してますから。。
はい。・・アサナと禅。
本屋に平積みされた自己啓発本のスピンオフみたいなヨーガで、その本質に触れれる訳がないは、誰もが承知でしょ?(^^)
今回も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
次回の更新もよろしくお願いいたします。

□ミニマリアスト・・について思うこと

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こんにちは・・ 
Seishinです。
今日は ”ミニマリスト”について・・。
断捨離という単語もすでに一般化されていますが、Primal Rayではこの断捨離という行為は相当以前から提案し、採用していた大変重要な行為でした。
その中で、自然に”ミニマリスト”になっていく人が出てきます。
ま。当然と言えば当然・・。
年間4回もある通算72日の「土用」を利用して、各季節に先んじて大きく季節替えの入れ替えを行うんです。。。空っぽになりますね。
振り返れば、極々自然に"ミニマリスト”になっていきます。
しかし、ここで誤解の無いように!
最近言われている、ミニマリスト・・。これは要注意!です。
「持たない暮らし」「僕たちのにはもう、ものは必要ない」「すっきり生活」・・・。
この手のたぐいの書籍が、本屋さんに平積みになっています。
読めばわかりますが、これ全然・・ミニマリストではありません。
古い価値観では、人の手に入らない珍しいもの、貴重なもの、高価なものを所有して自慢する・・・高級腕時計やスポーツカー、億ションなどといわれた高級マンションなど・・
こんなものを持てている私っていけてるでしょ?どう?真似したい?
とてもわかりやすいですね・・・。
21世紀の未来である現代では、その全てを手にしている人は大して珍しくない。
そう!そこでこれに真っ向真逆な価値観が登場しました。
アンチテーゼする新興勢力!・・・これこそが、その類の自称”ミニマリスト”です。
彼らは持っていないでやれてる事を自慢しています。
持ってて自慢か?持たないで自慢か?
手段が違うだけで、中身はほぼ同じです。
これは正しくないんです。
Primal Rayが提案するミニマリズムは、ただ一つの最高を見つける為に、散々さがして、使い倒して、更に買い直し、捨てて入れ替えて・・その結果、たどり着いたただ一つの最高以外はもう欲しくない!・・だから、ミニマムにたどり着きました!
・・・・こんな感じです。。伝わるかな?
最後の一つに巡り会う為に、散々な相対をした結果の一つ!
掃除機を4台も5台も買い換えて、ルンバも買って、ダスキンにも外注してみたけど、やはり棕櫚ほうきにたどり着いたよ(^^)
手掃きが最高!!
そんな結果の一つなんです。
何も無いんじゃ無い。これ以外はいらない。これがあれば全てやれる。
そんな吟味の積み重ねで、気づけば”ミニマリスト”になっていただけ・・・。
持ってる自慢も、持たない自慢も極端にバランス変でしょ?
そう!本当のミニマリストはミニマリストとしての自覚も断捨離しているはずなんですよ(^^)
今回も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
次回の更新もよろしくお願いいたします。

□自分には価値がないと思ってしまう恐怖・・

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こんにちは・・ 
Seishinです。
人は「自分には価値がない」と思うことを心から恐れています。
その為に分かりやすい成果をあげることで、その恐怖を認めずに済むなら全エネルギーを注いで努力します。
S1(事象世界)では、権力や権限・特権や名誉・財産や地位・資格や知識・学位やスキル・もちろんお金や時間・・・およそ一般にそれを手に入れたら、何らかのアドヴァンテージを予想できるものは全ての努力は、この恐怖を感じなくて済む為の代償行為だと言っても過言ではない・・。
でもこの恐怖は、S2(臨場感空間)を中和する事でも解決できます。
むしろS2を中和する方が、圧倒的に時間も費用も労力も少なくて済む。
それは・・。その恐怖を生んでいる原因を認めるだけです。
S1でに何某のアドヴァンテージを手に入れたら「自分には価値がない」と思う必要は無い・・。
言い換えれば、「自分に価値がないという思いを、そもそも持たなければいい」だけです。
・・・もっとシンプルな言い方なら、「全ての人間は価値がある」という事実を認めるだけです。
こんな事なら簡単ですが。。ほとんどの人はやれません。
何故なら、これを中和するには、S1とS2の「双対」が不可欠だからです。
この技術を修得すれば、S1のアドヴァンテージを手に入れ様が入れなかろうが、自分に価値が有るか無いかなど頭に思い浮かびもしません。
それは自分の価値の高さを自分が一番理解し始めるからです。
そしてその最深部にある、ただ一つの存在に近づいて行きます。
「2」を成り立たせた「1」の存在は、「2」と共にすでに存在しています。
この分離した状態は完成であり完全ですが、この構造を理解しない我々には、欠けている片方を何とか埋め合わせる事を必要だと信じて疑いません。
だから価値がないと思ってしまう。
価値がないのではなく、価値を成り立たせている観念や概念は、S1の方向ではなく、S2以降の最深部S3側に気づく事で補われます。
・・・むづい?
はい。価値がないとは誰からの評価なんでしょうか?
難しい事は無いはずですよね・・(^^)
今回も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
次回の更新もよろしくお願いいたします。

お誕生日おめでとうございます

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今日はゆかりさんの誕生日でした(^^)
樺楊さんの手作りケーキ!
おめでとうございます(^^)
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